
目 次
この世界は生きるに値する?
麻酔のごとやさしき海の空も見き秀(ひい)でてたかき殺竿(せつかん)の下(生方たつゑ)
短歌新聞社
『樹影』生方たつゑ歌集
「冬の素性」
(残像)より
「殺竿」
weblio国語辞典より
読み方:せっかん
寺の門前や仏堂の前に立てる、先に炎形の宝珠をつけた長い竿。

雄大な一首だと思う。
そして、世界を、このように眺められる人がいるのであれば、この世界は、やはり生きるに値するであろう、とも。
なぜ?
麻酔のごと?
難解な歌ではない。
一読して一首の内的構図も外的構図も理解できる。
が、ここで、改めて整理してみたい。
まず
殺竿がある
秀でて高い
すると
空を突いているかに
空に麻酔を打っているかの
そして
海の空はやさしくなった
そのような空の下に

孤独なり
生方たつゑは、孤独を覚えること、少なくなかったようだ。

雪山に雪のかげろふ炎えてゐて人のにほひも遠きやすらぎ(生方たつゑ)
短歌新聞社
『樹影』生方たつゑ歌集
「樹影」
(下凡愁)より
やさしき言葉疼きとならむゆふぐれよわれはきしきしと白布を洗ふ(同)
同「春禱」
(早春譜)より
ああ、額に伝わる孤独感が、鮮やかに目に見えるようではないか。
人のにほひ
わたくし式守は、雪山に暮らす者ではないが、いまここにやすらぎがあっても、「人のにほひも遠」く覚えることに、想像は届く。
やさしき言葉
わたくし式守は、白布をこのように洗ったことがないが、「やさしき言葉疼きとならむゆふぐれ」は、体験したことがいくたりとある。
世の中なんて忘れてしまったような顔の孤独ではないのである
牙がたの月
牙(きば)がたに欠けたる月の白き夜わがために光るごときみずうみ(生方たつゑ)
短歌新聞社
『樹影』生方たつゑ歌集
「樹影」
(月白く)より

月が「牙がたに欠け」ている、と。
されば、その月光は、さぞ地上の人々に鋭く危うかろう。
が、<わたし>には、そうではないのだ。
そうではないと、生方たつゑは、「みづうみ」が「わがために」光っているのだ、と。
わがために
わがために、光る
生方たつゑ

世界をこのように眺めることは可能だった。
今からでも、この世界を、やはり生きるに値する、と思って、生きたっていいのである。生方たつゑが、孤独に、必ず自己を得ているではないか。
孤独の底に潜るだけの生き方ではなかった
傷口に沁み入るごときささやきを素直にききぬ手を重ねゐて(生方たつゑ)
短歌新聞社
『樹影』生方たつゑ歌集
「樹影」
(まみづを犯す)より
リンク
短歌新聞社は解散しました。(「短歌新聞」2011年10月号より)
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