疲れしまうこともある
あたしゃなにもスター歌人になりたいと言ってはいないのである
その短歌なら知っている
その人、他に、どんな短歌があったっけ
ぬぁんてくらいにはなりたいじゃあぁりませんか
よっぽど才能がないらしい、短歌なんてやめちゃおうかなあ、と、思ったことが何度かあったし、今でも思うことがあるのである
ここを
そのようなページに
したいと思います


採用されないなあ
わたしは探していた

ひどく落胆している人
しかし継続している人
見つかりませんでした。
だったら
わたしがそれを
用意する
落胆と継続については採用作品の紹介ページに織り込みました



そのあたりのことを
ここで
心の整理をしてみたい
短歌をやめたくなる原因
からだに毒な人生を
さんざん送ってきておいて
こう考える あ・た・し
この先、そこそこ短歌ができようと、それがどれほどのものか。
それもたかが知れた数の短歌の。
ああ、からだに毒だ。
かくしてやめたくなる

短歌をやめたくなる対策
短歌が好きであれば
好きでさえあれば
もうやめておけ、と自分で自分に警告しているのに、その日の夜はまた短歌をしてしまうのはなぜ?
好きというのはそうことでは?
ものになる作品がほとんどないのはいかにも無念ではあるが、結局、短歌しちゃってるんだからああだこうだ考えていると、いっそう疲れてしまうだけですよね。
まったく無念だが

なぜ短歌を世に送りたい
穂村弘になりたい?
違う。
立派な賞の一つも欲しい?
違う。
誰かがわたしの短歌でその人生を浄化できること。
具体的には、人生の苦からふっと解放されること。
可能であれば、コンマ1秒、時空を超えて、互いに交感してみること。
そしてこう思う
このような短歌系サイトの運営をしていることが恥ずかしくもなる。先にそう言った。
されど、敗北の少ない人の話を好む人がいるだろうか。
その人が連敗してる人だからと捨て置く人は好かれる人だろうか。
わたしが連敗していても連敗しているのに短歌を継続している姿を読む人はいないのか。
いる。そんな人のを、わたしは、好んで読む。
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