米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

癒えたくて

癒えたくて秋の校庭見おろせば少女らのほそきひかりの行進(米川千嘉子)

第31回(1985年)
角川短歌賞
「夏樫の素描」より

運動会の予行か何かか。登下校の子たちか。

その「ひかり」は、肌がかがやく、いかにも健康的な少女ばかりではあるまい。
いきいきとした少女の目もあろう。見みているまに、かなしくこの目に映る眉の少女もあろう。

それでも、太陽の光線を、少女たちで、ふるわせていたのではないか。

「見おろせば」とある。
自分は少女たちの視界にいない。少女たちは、まだ自分のような疲れを知らない。

まだ若い米川千嘉子の疲れ

米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

やわらかく二十代批判されながら目には見ゆあやめをひたのぼる水(米川千嘉子)

桃の蜜手のひらの見えぬ傷に沁む若き日はいついかに終わらん(同)


「同」より

「あやめをひたのぼる水」など目に見えるものではないだろう。しかし、<わたし>には見える、と。

一方、「手のひらの見えぬ傷」がある、とも。

二十代など批判されるのが常態の時代なのである。
そこには、ありていに言えば、なめられてしまう、というのもなくはないが。
何にしたって、これは、まだ続く人生への、回避できない関門なのである。

あやめをひたのぼる水

米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

やわらかく二十代批判されながら目には見ゆあやめをひたのぼる水(米川千嘉子)

その批判は、上の世代からか。
あるいは、米川千嘉子の個としての資質を、同じ世代の教師、あるいは歌人たちから批判されてでもいたのか。

しかし、米川千嘉子は、ご自分でご自分を批判なさってもおいでだったのではないか。
「あやめをひたのぼる水」から目を離せないでいるではないか。

若さゆえの焦燥感を、米川千嘉子は、当時、そう表現していた。

若さを特権として貪欲な一群がある。
が、若さをおそれとして、無用の、しかし、ゆくゆくはそれが有用だったとなる反省をこれでもかと繰り返す一群もまたあるのである。

その批判とやらがどんな批判なのか、米川千嘉子は、そこまで詠んではいない。
要らないだろう。
若者は、いかに悩むかは個性があっても、何を悩むかは、本質的には差がない。

手のひらの見えぬ傷

米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

桃の蜜手のひらの見えぬ傷に沁む若き日はいついかに終わらん(米川千嘉子)

神の、何のためのプログラムなのか、いつの時代も、若者は、平凡な常識を諒としない。
若い、という区分の残りを、若者は、いちいち確かめては、あちこちに目が移る。あちこちに手を出す。
その愚かとも目に映る繰り返しが、実は、有益だった、と思えるのは、まだはるか先である。

過ぎてしまえば須臾のごとき時は、かくして氷河の流速に等しくなる。この人生に自信を得ることは、ますます遠のくことになるのである。

「桃の蜜手のひらの見えぬ傷に沁む」を、わたくし式守は、そのような趣旨の表現として読んだ。そして、痛みを伴って、これを、しばらく眺めてしまう。

米川千嘉子のやさしくあたたかいおもい

米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

現代に若く生(あ)れたる感傷を聴きおり葡萄食みて憎みて(米川千嘉子)

かなしめば分身のごとくかなしきと過ぎし言葉が幾たびも打つ(同)

「同」より

わたくし式守は、米川千嘉子の、やさしく、あたたかいおもいに強く惹かれている者である。
遅きに失した感は拭えないが、短歌の世界に身を置く機会を得られた幸運に、それは、心が躍るほどの。

そうとも思える短歌を、新人賞であるところの角川短歌賞「夏樫の素描」で、既にして拾えることに、米川千嘉子の、やさしく、あたたかいおもいは、若くして内に育てられていたことを発見できる。

葡萄食みて憎みて

米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

現代に若く生(あ)れたる感傷を聴きおり葡萄食みて憎みて(米川千嘉子)

生徒(おそらく女生徒)との対話か。

一人一人を見れば、まだまだ未熟な少女たちを前に、米川千嘉子は、ご自分を上位に置くことはない。
ご自分の職務上の疲労を少しでも回避しようと、事務的に聞き流すようなさまは、米川千嘉子の歌集の、どこにも見当たらない。

それが「感傷」に過ぎないことを見通している米川千嘉子であった。
が、同時に、「憎みて」もおられた。

慕わしい。

慕わしい

言葉が幾たびも打つ


米川千嘉子の、ここで、学歴を持ち出すなど詮無いことだが、短歌の、その実作も、書評と限らない散文でも、読めば、いかに明晰な頭脳の主かうかがえて、さもありなんとなる。

しかし、外界へ何かを発信する前提に、ご自分がいかに優秀であるかの自己規定は、米川千嘉子のどこにも見当たらない。

されば、こんな歌も生み出せるようだ

米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

かなしめば分身のごとくかなしきと過ぎし言葉が幾たびも打つ(米川千嘉子)

されば「分身のごとくかなしきと」もなる。
されば「幾たびも」ともなるのである。

慕わしい。

慕わしい

千の沈黙

そのからだを支えて歩き悩むことに、いくら考えてもすぐに解決しないあれこれを考えて悩むことに、米川千嘉子は、少女たちへのまなざしを配ることは、怠ることがなかった。

そうすることで米川千嘉子の得たものはたとえば何。

何?

米川千嘉子「千の沈黙」そしてやさしくあたたかいまなざしが

うっとりと葡萄黄葉の盆地燃ゆ千の沈黙を吸いし木の精(米川千嘉子)

「同」より

時の風は、悲痛の響きをたてているかも知れない。
しかし、今日もまた落ちる空の日は、眩しい光を放射しているのである。

悲痛の響きがある一方の、眩しい光の放射を、時の経過を経た人間たちの声なき声として、米川千嘉子は、木の精を、若いからだ全体で感受していた。

癒えたくて/再び

ここで、改めて先頭の一首を引きたい。

癒えたくて秋の校庭見おろせば少女らのほそきひかりの行進(米川千嘉子)

それぞれの少女たちが、その狭い列に、楽しい時間を、精一杯築こうとしている。
その若さは、米川千嘉子の目を打たずにはいられなかった。

米川千嘉子は、
少女たちを、
と同時に、
米川千嘉子ご自身を、
未来へ、その生涯へ送り出していた。

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