
『短歌往来』2025年12月号を購読。島田修三さんの連載エッセイ(遠い人、近い人108)「一炊の夢」をおもしろく読む。
(前略)
私の年齢になると、互いに「一炊の夢」の感を抱く古い知己友人があちこちにいるのである。
それは、島田修三氏の友人の兄だった。大学院生時代だった。
高円寺の狭い一杯飲み屋で会った。
穏やかなお人柄だった、と。そのいやしくないたたずまいは、氏の記憶に残されていたのだろう。
友人の兄は法曹界でご活躍されておられたが亡くなられたことを知った。
「はかないと言ってしまうと少し違う」と島田氏。
わかる。
筆者(式守)にも、「「一炊の夢」の感を抱く古い知己友人が」いて、また、それは、「はかないと言うと少し違う」。
20代前半、直接の上司ではなかったが、関係部署の先輩として、筆者を支えてくれた人がいた。
お互いビール党だった。仕事の進め方や人間関係の受難にアドバイスをしてくれて、しかし、おしつけがましいお人柄ではなかった。筆者は、この人が好きだった。
勤務するビルはそれぞれ違うところになった。
昨年、当時の同僚と飲んで、その人が還暦を過ぎると亡くなったことを知った。急死だった。
微量の後悔が今は大きな後悔になっている。
会いたいな、あの人に、と思っていたのだ。誘えば、都合をつけてくれた筈である。
人生の過程でいつしか遠くなってしまう人がいる。
しかたのなかいことだ。袂を分かったわけではない。
短く言えばこれも縁だった。
が、その人が、遠い人になったことに、自分が遠くした面もなくはないのだ。
何の働きがあってか、もっと誼を結んでおこうと思えばできた筈なのに、それをつい怠った人が、わたしの人生に、いくらかある。
「急死した」の一言で要約されてしまう最期が待っていたとは。
流転邂逅の奇に浩嘆を発する。
なるほど、あれは、筆者(式守)にとって、「一炊の夢」だったらしい。
式守操
