私の同一性について/『短歌往来』2026年2月号/井上凛さん NEW!

『短歌往来』2026年2月号の今月の新人をおもしろく読む。
井上凛さんの紹介。連作「スワンプマン」掲載。

2004年2月生まれ
現在大学4年生



  連作に添えた
プロフィールより

連作「スワンプマン」より二首引く。

左手に残留している傷跡を道標として(普通に無理か)(井上凛)

スワンプマン 君がホントの私なら私のことを愛してくれた(同)

過去に負ったまだ消えない痛みがある。この「傷跡」を「道標」にする決意と読んでみたが、どうだろう。この痛みを過去のものだけにせず、これからの自分を導く印にしよう、との。
が、(普通に無理か)と。このようなありようを、筆者(式守)は、魅力的だと思う。カッコ書きは成功した。そんなごリッパにはいかないとの内省がある。要は、浮ついていない。

「スワンプマン」というモチーフが新鮮だ。
「スワンプマン(沼男)」とは、哲学者のドナルド・デイヴィッドソンが提唱した思考実験である。ある男が沼のほとりで雷に打たれて死に、同時に全く同一の分子構造を持つ「複製(スワンプマン)」が誕生したとき、その複製は「彼自身」と言えるのか、という問い。
「君がホントの私なら」と。スワンプマンは「ニセモノの私」らしい。スワンプマンの方が本当の私(こうありたい私)であったなら。

さて、
「個人同一性」の議論は、哲学の歴史において、少なくない。
私が私であるのは物質か、記憶か、あるいは何か、そのような人間への問い。

人間は、殊に若者は、望み通りの自分を生きられない。それを徹底的に突きつけられるのが青春という時代なのである。
作者・井上凛さんの歌作動機に、そのような哲学的な煩悶があってかどうか、さすがに見通せないが、輝かしかるべき青春を詠むのにスワンプマンを見たことを詠む試みに、愛惜を抑えかねる。

いい歌を読ませてもらいました。
井上凛さんにおかれましてはますます佳きお歌を。

式守操