くりはらさとみ「折り紙の裏のにおい」迷える羊を捜す尊さを NEW!

寄り道

折り紙の裏のにおいを嗅ぐような寄り道をまだ始めたばかり(くりはらさとみ)

「Meets Regional」2025年12月号
「岡野大嗣と詠むレッツ短歌!」
第55回テーマ『寄り道』より

「寄り道を始めた」がすばらしい。
寄り道であることに焦燥や悔恨が見えない。
しかも「ばかり」であると。
誇らしげであるとも清澄でもあるとも幾重にも深層があるお姿に眩しくなる。

どのような寄り道か。
「折り紙の裏のにおいを嗅ぐような寄り道である」と。
この表現がまたおもしろい。この寄り道には尊さがないか。

この一首は、人間が忘れてはならない最善の選択肢を提示している

寄り道=非効率

寄り道など、効率を是とする観点では、ただ無駄なありようなのである。

飽くなき合理化によって、アメリカや日本は、高度に発達した文明を享受している。しかし、そこまでの過程には、たとえばビジネスの現場で、いくら働き方改革が推進されて久しい現代でも、人々は、疲弊するばかりなのである。

飛躍するが、自殺者が年間3万人とも言われているのも、遠因には、そんなこともあってなのではないか。
ではこれをどうする。と、その点にはここでは踏み込まないが、そこで不幸になってしまう人は現実にいて、その人たちへの愛や慰め、合理化への形而上の哲学(の、ようなもの)は求めてみたくならないか。

人間のために

安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために設けられたのではありません。



  新約聖書
(マルコによる福音書
2章27節)

有名な言葉である。

これを基に、筆者の求めているものへの接近として、次のように言い換えてみるのはどうか。

いかなる合理性も
人間の幸せのため
その逆で
あってはならない

くりはらさとみさんの試行錯誤

くりはらさとみさんの歌に魅了されることが多々ある。

まだ歌集を出していない。いないが、投稿歌人として、短歌のコーナーで、よく見かける名である。
その見かける歌の陰で、どれだけの不採用を積み上げているか、筆者は、想像してしまうことがある。そこに立ち入ることまこと大きなお世話であろうことを承知で発言するが、試行錯誤の繰り返しの筈だ。
この一首も、採られる(世に送りだす)までにどれだけの無駄があったか。
などと読んでみるのはどうか。

自分の歌作のモチベーションを維持すること、あるいは、高めることにもなる歌ではないか。

歌一首を迷える羊と考えてみる

ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとしたら、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。



  新約聖書
(マタイによる福音書
18章12節)

これも有名な言葉である。

これを基に、筆者の求めているものへの接近として、次のように”悩んでみる”のはどうか。

迷える羊のために捜しに行く、と。こんなの合理化を是とする観点ではどうよ、ということですよ。
諦めたからとて批判されまい。ましてその羊を発見する保証がない。

が、
ここでの非効率的な試行錯誤は、紛うことなき愛なのではありませんか。

されば

されば、世に出た一首のために積み上げられた膨大な不採用の歌も、経過する時間の地中で、命を吹き込まれているのではないか。

愛の歌としても読む

くりはらさとみ「折り紙の裏のにおい」迷える羊を捜す尊さを

読み返す。

折り紙の裏のにおいを嗅ぐような寄り道をまだ始めたばかり(くりはらさとみ)

良い地に落ちたものとは、……忍耐をもって実を結ぶ人たちのことです。



  新約聖書
(ルカによる福音書
8章15節)

これも福音書。されば、イエスの言葉である。

キリスト教徒の方々に反感を買うことはまずないと誤解を恐れずに断言する。

スピードと結果を求める現代の合理主義に対するアンチテーゼとしてこれを読めば、愛の証明とは、忍耐という時間軸の中で良い実を結ぶものなのではないか。

くりはらさとみさんは、歌一首は、ねばることが必要なことを、ご本人にそのおつもりがあっての歌作ではなかろうが、この一首によって、十全に説き得たと思うのである。
ひいては愛(アガペーの「愛」)を説くことにも通底している。

人生にわたって愛誦する価値のある秀歌である。
と、筆者(わたくし式守)は読んだ。

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