
目 次
衝突なき外界
人間は環境になじんでこの人生を送る。しかし、なじむ程度でない人もいるらしい。
歌集『ひきあけを渡る』の著者・古谷円は、たとえばそのようなお人に思えるのである。あたかも身を巡る自然界と一体化しているのではないかと。

こんな一首。
春のからだに門は生まれてさみどりの風を入れよと叩かれている(古谷円)
本阿弥書店
『ひきあけを渡る』
(椅子には浅く)より
また、次の一首では、体内に、もう一人<わたし>がいるとも思える。
わがうちの亡き友とみる白もくれん空をくすぐるように咲きたり(おもたい餡)
亡き友の今も親しい追憶に胸が塞がる。
「わがうちの亡き友」は、わが内の<わたし>と並んで「白もくれん」をみているのではないか。
また、<わたし>の内には、外界と同じように自然界がある、とも思える歌があって……、
私から抜け出すごとく散るさくら暗い部屋に戻りまた本開く(苺ハウス)
葉が失せて幹の匂いがしはじめる私の体へ春の雨降る(同)
就中、次の一首は、歌集中、筆者(わたくし式守)がことに愛している歌である。
目つぶればこころの空のはてしなし金の日うかべまた目をあける(春を待つ魚)
古谷円とビリー・ジョエル

わが眼球修繕中の手術室ビリー・ジョエルと心拍みちる(明るむ)
「修繕中」との表現にも惹かれるが、筆者(式守)に憧れの花が咲くのは、結句の「心拍みちる」である。
ビリー・ジョエルというアーティストを愛すること、筆者は、既に半世紀近くになるが、音楽に詳しくピアノが弾ける友人(男性)に、ビリー・ジョエルの楽曲について、こんな評がある。
古谷円の下句に、筆者は、友人の、このビリー・ジョエルの評を思うことがある。
家で炊くご飯がおいしいと言う父の手に触れて膝にもどし帰りぬ(春を待つ魚)
もう帰るよと呼ばれたる子は返事してしゃがんでしんと猫に触れたり( 柔く握手す)
この無音の動作の連続に日本語の音の比較的速いアップダウン。
このような稠密な調べを、古谷円の短歌に、他にも見つけることがある。
ハードボイルド古谷円

暴れたる大蝦つかみ身を削げる厨房の燦燦としたる真昼間(鎌倉えび)
式守において、この一首は、厨房の歌にカテゴライズされていない。
日常の一時点、あるいは一地点で、そこは孤独な筈なのに、これを当然として格闘しているお姿が、日常を超越した何かを暗示せられる威厳を覚えられるのである。
真昼間が燦燦と為した時空ではない。<わたし>こそが世界を燦燦と為したのである。
「暴れたる大蝦つか」むは、日常にただ没してはいない一女性の具現である。そう言ってよければ、筆者(式守)は、これをハードボイルドとカテゴライズしたい。
手につかんでいるのは特殊任務部隊のナイフではない。まして拳銃でもない。しかし、愛する者たちのために闘う孤高の清節を見るのである。
窓白く見ゆる雨なり楽しまぬは天人五衰の五つ目の兆し(双葉のパオパブ)
ここにおける<わたし>は、孤独の窓に薔薇を愛でるがごときの存在ではない。
そのような存在を否定しているのではない。ここでは、「窓白く見ゆる雨」に「天人五衰の五つ目の兆し」を自覚する姿が、ほれ、ハードボイルドではないか、と言いたいのである。
「天人五衰の五つ目」とは、“不楽本座”のことである。
不楽本座とは、我流に言語化すれば、死忍び寄り来事成りても心ここに楽しまれず、なんてところか。
動かすことも逃れることも出來ない冷厳な時間の果てに「天人五衰の五つ目の兆し」を感知して、されど、古谷円は、世上どうとでもなるがごときの失望は歌に包蔵しない。
わたしという難敵がいて秋雨を歳月の雨にして涙ぐむ(柔く握手す)
古谷円は、夏草がいつしか秋雨に濡れても、夏草のしなやかでみずみずしい賦の、その感度を失わないのである。
ほんとうはもうおしまいにしてもいいおもいもなくはないのかも知れない。「秋雨を歳月の雨にし」たからとて、ここに、「涙ぐ」んでいるではないか。
が、ご自分を「難敵」であるとの表現がある。<わたし>は、内なる<わたし>と手を組んで、日常に流されるままで人生は降りない決意を新たにする。
「秋雨を歳月の雨に」するとはそのようなお気持ちのことなのではないか。
郷愁制し難し

ちちははを厭いし遠き思春期の魚はしずかに池をめぐりぬ(春を待つ魚)
「魚はしずかに池をめぐりぬ」と。
過ぎし日の光景が淡く薄れるように去っても、そこで抱き合わされたおもいは、いくつになっても、どこにいても鐫りつけられたように変わらないものらしい。
ふさがれし部屋の増えゆく母の家郷愁ほのかに西瓜をたべぬ(冬瓜)
穂紫蘇の天ぷら山盛りにしてつつましき秋の記憶に家族とうもの(同)
この二首において、かつての<わたし>の郷愁は、家屋の外にない。
家屋に、部屋はまだ部屋として、人の出入りがあった。まだ若い母の顔がそこここにあった。
家屋とは、ささいな(まことにささいな)時空を、生涯の記憶として刻みつける。
家族があった
食卓があった
愛があった

父と母の娘として
死に向かう父の眠りをさまたげて今日も来たよと肩たたきたり(ひきあけを渡る)
この「も」の一音にどれだけ豊富な感情があることか、一読して、筆者は、息をのんだ。
たとえばそんなに来なくていい、と言われていたのか。されど、ほんとうは来てほしい父であることを娘としてよくわかる<わたし>だったということか。あるいは、父がどう思おうが、来ないではいられない<わたし>だったのかも知れない。
「も」一音に心理描写がどうのこうのなど詮無い話であるが、「死に向かう父の眠りをさまたげる」ことで、免れようがない「死」への進行を、少しは抑止できる気にもなる。
沙悟浄が責めすぎるなよとついてくる老い母の家へ行くわれのあと(大いなる繭)
沙悟浄は、日本のドラマではさまざまにキャラ設定がなされるが、原作では冷静なのである。
「老い母」にどうしてもあれこれ言ってしまうのを自制するように、内なる<わたし>は、親しい沙悟浄に注意されながら「老い母の家へ行く」。

家屋の終わり
家屋に人がいなくなったのであれば、そこに、こんどは自分が住めばいい、とはいかないことがある。
そうはいかない者に、抗議もままならない時間の圧力は、高まりゆくばかりなのである。

掃き集めた紅葉のかるさ古家のタンスはみだす母の服たち(野良猫の顔)
いっさいの感傷を排して、ここを、思い出の甘い露でぼかすこともなく、しかし、色彩の美しいこの一首。色彩があることで哀切極まりない名歌であると筆者が強く(まことに強く)考えている一首である。
一刻の青かがやかせじぼみたる朝顔のように住み終える<家>(追憶の蔓)
「ように」とあるが、であれば、過去の実景ではない、ということになるのか。どうだろう。
が、家屋に、その庭に、夏は、「青」が染めていた。その眩しさが目に見えるようではないか。
朝顔のその青を数えたこともあったのではないか。
今はない。
今は、ここを、「終える」しかないのである。
忘れたる夢とりもどしひきあけを渡る一羽は遠くなりゆく(ひきあけを渡る)
歌集のタイトルは、この一首から採られた。
この「一羽」は、「遠くなりゆく」が、再び目を合わせることはないだろう。
この一羽は、最後の最後の役目を終えたのではないか。
と、読んでみるのはどうか。
「夢とりもど」す、という役目を。親子はついに本来の愛を取り戻せた、と。思春期以前の。親子としてそれが当然の。人間としてそれが原型である筈のところのものを。
息子の母として

山吹があっさりひかり職を得し息子にごちそうされたる五月(闇やわらかし)
面映くこれからを話すばかりなる息子からほのか青葉の薫る(同)
子の人生はこれからだ。
春の色彩が明るく充ちている。
筆者(式守)は、若者のこのようなありようは、いつどこにいるものであっても、眺めていて飽きることがない。
危うさを描いて消して子と過ごす時間は果てて闇やわらかし( 闇やわらかし)
しゃくりあげる声をのせたる夏風が息子の幼き日を連れてくる(蛍とぶ夜の濃茶)
子を思えば母たる自分に禍根のありなきを、かつては、自己点検していたのか。自分が母の子の未来に不安があった。
その「息子の幼き日」は、母として、今も、忘れることができない。
されど、「時間は果てて」みれば、「闇やわらか」かった、と。
安堵なされたか。
安堵なさった、と読んでいいのではないか。
梅のソルベ酸っぱく刺せりよい母でなかったかずかず思い出させて(闇やわらかし)
子への負い目が少なくなかったこと、今、「梅のソルベ酸っぱく刺」す。
ああ、この歌が、筆者(式守)の身のすみずみまで巡るのはなぜ。
なぜ?
母性がどうのこうの、フェミニズムがどうのこうのに、ここで踏み込むつもりもないが、でも、これは書き添えておきたい、ということがある。
子のある、おおかたの母がそのあたりをどうお考えか、実は、わかるようでよくわかっていない筆者である。「論」以前に、筆者には、子がいないのである。
されど、わたしにも、かつて母がそばで生きていた。病弱の母はわたしに負い目があった。
いつしか母の子への負い目は子の母への愛と円滑にこの身に呼応することを知ったものだったが。
母親に負い目あり。その負い目は、実は、子に健全なものなのではないか。
という考え方を、式守は、今になっても拭えない。どうしても拭えない。
「酸っぱく刺」すとは、子への負い目か。
あるいはまた、この母にして、山吹と青葉が映える青年になってくれたことへの子への感謝か。
ご自分を「刺」さないではいらない、母におけるこの働きこそ息子を光に包んだのではないか。そして、この青年は、永遠にこの世を呪うことはない筈である。
若者たちと古谷円

この世界には時間という絶対的な体系がある。
時間は自分の人生だけのものではない。
その体系に、親がいて、子があり、子は成長する。
親が亡くなってもこの人生の時間はある、子の誕生前もこの人生の時間はあった。が、自分がいつか死んでも時間は存在しているのである。
ということを、『ひきあけを渡る』は、筆者に説いた。『ひきあけを渡る』はそれだけがテーマの歌集ではないが、筆者は、直線的であり、主観のない時間にまだまだ続く人間たちの歴史を、その歴史に愛を人間たちは継いでゆけることを説かれたように思うのである。
さて
寒き夜の教室にすわる生徒たち菊花のひかりの心熱隠す(しら粥)
「寒き夜の教室にすわる」までを、生徒たちは、ぽつねんと一本咲く菊のように静かに歩み来たのか。それを、<わたし>が、愛惜しておいでのものとして。
夜学にあって、若者が、内に未来を予定しているありようを「心熱」と表現したのか。
若者とは、夜学にあっても、いや、夜学にあるゆえに、香り芳しき菊の花なのかも知れない。
夜学の教師であられる古谷円は、若者たちに、これまで巍々たる胸の内を見てきたのである。
シャーペンをうごかす生徒ら悩みつつ生きよ影濃き額髪もて(同)
ここでの「シャーペンをうごかす」なる描写は、わたくし式守に、涙があふれるフォーカスである。
教壇から見える生徒の手の動きか。あまり集中していないのか。あるいは、集中しているがゆえに無自覚に手がそう動いてしまうのか。
いずれであっても愛しい子たちではないか。
『ひきあけを渡る』は、豊富な感情量と稠密な調べが、歌集一冊を貫いている。
古谷円は、この歌集に、時間という絶対的体系は人間たちの愛を継いでいけることを浸透し得た。
そのことを、筆者は、声を大にして訴えたいのであるが……。





