式守 操

沖ななも「またも財布を」神に財布で試されているかのように

言い訳がましい言い方なのに わが首は縦に振るほうがたやすくてまたも財布を開けてしまえり(沖ななも) 北冬舎『白湯』(ひとびと)より 沖ななもの歌が好きである。のびのびとした作風に何か大きな量感と魅力を覚えられるからである 沖ななも「またも財布を」神に財布で試されているかのように

香山ゆき江『水も匂はぬ』はかなくも誰かを愛する歓びがある

身の不平が動機ではない詩情 この国は、悲劇を容認しない。悲劇も神の思し召し。そのような概念を、この国の歴史は、西洋から輸入しなかった。 そこで、日本人は、悲劇に、精神的な美を探すことにした。すると、そこに、虚飾の出現が伴 香山ゆき江『水も匂はぬ』はかなくも誰かを愛する歓びがある

竹山広「にんげんも危険ですね」おもしろい話を詩にできる

短歌には音楽性が必須らしい にんげんも危険ですねといま妻が電話に語りゐるのは誰か(竹山広) 柊書房『遐年』(ああ極楽)より おもしろい……。 「危険」て何よ。「誰」よ。「にんげんも」の「も」も何だかおかしい。 そして、こ 竹山広「にんげんも危険ですね」おもしろい話を詩にできる

糸川雅子「仕上げには木槌で頭部たたかれて」短歌にも音量が

短歌の音量は低くていいらしい 仕上げには木槌で頭部たたかれて出来上がりたるこけし人形(糸川雅子) 本阿弥書店『歌壇』2016.4月号「白」より 卒然と自分も短歌をつくってみたい、となった。 それまでも、おもしろい短歌があ 糸川雅子「仕上げには木槌で頭部たたかれて」短歌にも音量が

野口あや子『かなしき玩具譚』死と隣り合わせで足場を組む

青春の不朽の名作として 最近に限ったことではないが、生きづらい詩が猖獗をきわめている。が、いつの時代も、若者は、生きづらい以上に、将来への大きな波に乗り出したいと内心は期していることがあるのである。 しかし、岸から艫綱を 野口あや子『かなしき玩具譚』死と隣り合わせで足場を組む