
大好きなあなたへ
助詞ばかりやたらついてる文章を一日一回深夜に送る(玉井まり衣)
ながらみ書房『短歌往来』
2026年3月号
「はるのかたち」より
助詞とはたとえばこうか
格助詞
好きな人に、あだたが、あなたを、と。
ま、たとえばそんな文章か。
<わたし>の頭は、あなたでいっぱい。
副助詞
頭の中はあなたばっかり。
誰かを好きになるとはそういうことだ。
されば、あなただけを、なんて助詞の使い方もあろう。
助詞の使い分け
助詞(は・が・を・だけ)を変えるだけで、相手への距離感や感情の重さが、ガラリと変わるのだ。
それを深夜に送る姿に、純度を極めた恋心が浮かび上がる。
深夜に、となって、そこに、恋の不思議は何もない。
この一首では、「一日一回深夜」と。
この節度のよさもまた好感を持てる。
が。「大好きなあなたへ」において、真逆のストーリーも導けないか。
いつも深夜に迷惑メール
読み返す。
助詞ばかりやたらついてる文章を一日一回深夜に送る

いつの時代にもあろうが、殊に現代のIT事象では、相手が必ずしも望ましい人ばかりではない。
好きでもな人から、あだたが、あなたを、と。
この場合はどうよ、ということですよ。
現代社会は、こんなことがいくらだって起こる。
好きでなくても知っている人からなら対応のしようもあろう。
が、その人を実はよく知らない人からならどうですか、ということですよ。
SNSとかで……。
一日一回深夜の定時性が、ここでは、恐怖を増幅する。
接続助詞も助詞である
読み返す。
これで最後だ。
助詞ばかりやたらついてる文章を一日一回深夜に送る
メンタル的なダメージが大きい夜がある。
筆者など、もう還暦を過ぎているのに、今でも枕に頭をのせるや、
あああああああ
となることがある。
ありませんか、これ。他の人はないんでしょうか。
どなたかにメールを、あるいは、どなたかとSNSをとスマホを手に持つ。
しかし、具体的な言葉(名詞)はついに出ない。
「だって」「だけど」「でも」と、接続助詞が頭をぐるぐる巡る。そのまま文字に起こして吐き出してみる。
深夜の孤独、そして自己嫌悪。
こんな助詞(接続助詞)の使われ方もあろう。
近代文学
たいそうだが、筆者(わたくし式守)は、本気でこう考えている。
江戸幕府が瓦解して、日本人は、海外から輸入した、自我なんてものの表現を試行錯誤してきた。
これは史実として。
年号も令和になって、自我なんてあるようなないようなものを、短歌というジャンルで表現するに、こんなカタチが生まれていることを、筆者は、決して無視できないことだと考えている。



