
盗撮の犬
盗撮の犬の写真が付けられたメールが届く正月二日(玉井まり衣)
ながらみ書房『短歌往来』
2026年3月号
「はるのかたち」より
盗撮の犬ってあなた。
現代ではたとえ犬でも勝手に撮ってはいけないのか。
この「盗撮」によって、なぜこうもおもしろく読める。
なぜ?
倫理のインフレ
本来、「盗撮」は、人間に対する犯罪行為や重大なマナー違反を指す。
「暴行」と縁戚の言葉だ。
しかし、この歌の対象は、「犬」である。
犬であっても勝手に撮るのはNG?
このギャップは、言葉の持つ深刻さを、一気に無効化してしまった。
現代社会の過剰なコンプライアンスによって、倫理は、過剰に肥大している。
このインフレに小さくも鋭い皮肉の歌として、脳内は、混乱した。
倫理のインフレはもはやユーモアだ。
聖域へのノイズ
正月二日といえば、まだ年が明けたばかりで、のんびりとした空気が残っている時間帯だ。
そこに「盗撮」という、お正月に最も似合わない不穏な言葉がメールで飛び込んできた。
聖なる時間(正月)× 俗なる犯罪的響き(盗撮)
強烈なコントラストだ。
情報の制限
送り主は友人なのか?
見知らぬ人(つまりスパム)なのか?
「盗撮」と言っているのは送り主か?
受信した主体(玉井まり衣さん)の判断か?
他人の家の犬を可愛さあまって勝手に撮っただけだとしても、「盗撮」という言葉が呼び水となり、筆者は、強制的に想像力を働かせた。
謎解きのような思考のドライブ感が。
既存の言葉を歌の調べでハッキング
強い言葉を敢えてポップに使ってあることで、短歌を詠む、あるいは読む者として、知的好奇心が刺激された。
「盗撮」という言葉を使っていて、結果として届いたものは、無害で愛らしい犬の写真。
よそでもありそうでいて、でも、改めて考えてみると、この一首は、緊張と緩和の拮抗がないだろうか。
ところで
作者の玉井まり衣さんは、このメールに、どんな返信をしたのだろう?




