野上洋子「あなたの笑顔は」死の背景/愛の肯定/生きる姿勢

読む目安: 約2分

なぜこうも読後感がいいのか

どちらが先かわらぬゆゑに言うておく夫よあなたの笑顔はよろし(野上洋子)

本阿弥書店『花の村』
(春は食欲)より

一首としては文語体だが、「言うておく」なる口語の強さに圧倒される。
そして、正に文語の「よろし」では、その無条件の全肯定に圧倒される。
作者の生きる姿勢そのものに圧倒される。

なぜこうも読後感がいい。混乱した。

以下、そのことでいくつか

まず人生の時間は有限であること

「どちらが先かわからぬ」と。
これは単なる比喩ではない。誰かと生きていれば、いつかは必ず直面する絶対的な現実である。

筆者は、難病と向き合うことになっておよそ一年になる。この一首の時間の有限性が、リアルな切迫感を持って胸に迫った。今のこの瞬間に伝えておく決意は、強度を備えて筆者の心を動かした。
でも、筆者だけの話だろうか、それは。

明日がいつまであるか分からないのは、人間である以上は、誰だって同じだ。確率が異なるだけなのである。

「言うておく」/口語の強さ

「言うておく」と。
いかにも日常的な口語が、強い意志を持った言葉として機能した。

湿っぽいお別れの言葉ではない。対等なパートナーへの潔いメッセージだ。
躊躇を捨てて、大切な事実が、ここに確定したのだ。

つい日常に埋没してしまう夫婦がいかに相手に向き合うべきか、それを、抗いようがなく省みさせる。

「よろし」/無条件の全肯定

「笑顔はよろし」と。
この結句によって、人間が、その人生というものが、尊いものになった。
と、筆者は読んだ。

「美しい」でも「優しい」でもない。

これまで共に生きてきた時間に、それは苦楽のすべてが包括されていよう時間に、「あなたの笑顔」の存在は、全的に肯定された。

死の背景/愛の肯定/生きる姿勢

どちらが先かわらぬゆゑに言うておく夫よあなたの笑顔はよろし

野上洋子「あなたの笑顔は」死の背景/愛の肯定/生きる姿勢

この歌がいかにいい歌か。
死という絶対的な孤独が背景にあることである。なのに、放たれる言葉は、生々しいまでの愛の肯定で満たされている。

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