森山良太「離島配属」現実を生きる人一人の人生の偉大な価値

神々しいほどの短歌

サクッサクッ 踏む雪鳴ると語るとき生徒ら私語をやめてわれ向く(森山良太)

第51回(2005年)
角川短歌賞
「闘牛の島」より

神々しいほどの威厳を覚える。

「サクッサクッ 踏む雪鳴る」が神々しいのではない。
「サクッサクッ 踏む雪鳴る」に「生徒ら私語をやめてわれ向く」ことが神々しい。

人間の世界に人間のものならぬ働きが美しい。

人間のものならぬ働き

森山良太「離島配属」現実を生きる人一人の人生の偉大な価値

<わたし>なる教師は王で「生徒ら」は従者の、そのパワーバランスが、<わたし>を、かく威厳ある者へとしたのか。

そうじゃない。そうじゃない。

アタリマエであるが、そういう話ではない。

「生徒ら」はここで、初めて、「雪」を知った。
「雪」の体験はなおないが、「雪」を、体感した。

美しさは、常、驚きを伴う。
その衝撃は、「私語をやめる」どころか、自身に静粛を課すしかなくなった。
おやっ、と興味を持っただけではあるあい。

教師とはこのようなことをなせるのだ。
若者に、そこにはない、まだ知らない世界があることを扶植する。

公私の公の森山良太

森山良太「離島配属」現実を生きる人一人の人生の偉大な価値

鹿児島県教職員の義務のひとつ離島配属を拒まざること(森山良太)

同連作の3首目である。

頼もしいのみこみ顔がうかがえる。
まさか楽観的ということはあるまい。

このような条項を要する仕事もあるのである。

わたくし式守に、この短歌は、そう言ってよければ他人事の筈なのである。

が、その条理をのみこむ覚悟から目を離せない。
どうしても目を離せない。

なぜ?

さしあたり、「離島配属を拒まざる」ことによって、「生徒ら」は、「雪」を知った

雪を知る者が南の離島で

森山良太「離島配属」現実を生きる人一人の人生の偉大な価値

島をめぐるリーフの先に立つわれら天地(あめつち)と海のふれ合うところ(森山良太)

神々しいと言えば、これもまた、神々しい。

<わたし>は、離島の知らない雪を知っていたが、「天地(あめつち)と海のふれ合うところ」は、この離島で知った。

先の一首と並べてみたい。

島をめぐるリーフの先に立つわれら天地(あめつち)と海のふれ合うところ(森山良太)

サクッサクッ 踏む雪鳴ると語るとき生徒ら私語をやめてわれ向く(同)

さながら雪が離島への返礼のごときである。

<わたし>は、「離島配属を拒まざる」先に、離島の人々の中に孤独を思う一居士に着地しなかった

公私の私の森山良太

森山良太「離島配属」現実を生きる人一人の人生の偉大な価値

炊きあがる飯の香りのふはふはとわれを待ちゐる朝の食卓(森山良太)

連作の掉尾の一首である。

このような「朝」があるのであれば、<わたし>に、人生の足跡を並べる人がおられるらしい。

このひとは、「天地(あめつち)と海のふれ合う」体験を、「リーフの先に」ともにいたひとだろうか。

この「食卓」は、雪の降ることがある土地でも、もちろん離島でもなせる景色であることを知る。

そして、次の一首。
森山良太を敬うにあまりある短歌かと。

列島を飛び石にして帰りたし蘇鉄葉のやうにこころ細りぬ(森山良太)

現実に還っていっそうの迷いがあるのである。
時には自分を解くのである。

森山良太は、現実を生きて、その現実の厳しさを詠んだ作品も看過し得ないものがあるが、ここではそこまで踏み込まない

しかし

離島での現実を呪うこともなければ、離島での現実を(たとえば都会は非人間的であるようなアンチテーゼとして)美化することもない。

そこにあることを、森山良太は、ただ詠む。
そこにあることを、この国に、森山良太はのこす。

森山良太の現実

森山良太「離島配属」現実を生きる人一人の人生の偉大な価値

現実は人を窒息させることがある。
しかし、現実なんてものを、人は、どこまで観察できているのか。

森山良太の場合はどうだ。

そこまでは知らない

その短歌の読者とその短歌の<わたし>は、果たして、赤の他人だろうか。

されば、知りたい。<わたし>は、どこをどのようにして観察しておられるのか。

黒潮のうねりとなれる生徒ゆくワイドッ!  ワイドッ!  小太鼓(デデン)・指笛(森山良太)

ここには子どもたちがいる。

鹿児島県教職員の義務のひとつ離島配属を拒まざること(森山良太)

そこに子どもがあれば教育は欠かせない。

教師にはなりたいが、離島の不便を挙げて、離島での勤務は拒む自由は保障されないのである。

わたくし式守は、短歌によって、それは小説よりもずっと強い力で、人一人は、その人生の価値がどれだけあるかおそわることが多々ある。

森山良太の場合はどうだ。

なくてはならない人物

森山良太「離島配属」現実を生きる人一人の人生の偉大な価値

この離島の教師は、わたしに、赤の他人ではなくなった。

応援したい。
学びたい。

リンク

角川短歌賞サイト
参考リンク