
スポンジにクリーム
スポンジにクリームをならすようにして秒針は1のあたりをつうか(くりはらさとみ)
「Meets Regional」2026年3月号
「岡野大嗣と詠むレッツ短歌!」
第58回テーマ「1」
5秒経過した。
「スポンジにクリームをならすようにして」だった。
そう考えてみると、5秒とはすぐ消えてしまう時間ではない。
人はたまに、ふとした一瞬なのに、極上の体感を得られる時間がある。
「ようにして」と。
実際にその行為をしていたのが5秒だったわけではない。
あくまでたとえ。
ところで
「スポンジにクリーム」とは?
メイクのことか? ケーキ作りかも?
いずれにしても、0秒から5秒を経ることに、作者には、何か敬虔に思えるものがあったのだろう。
ということについて以下
それはメイクかケーキづくりか
「スポンジにクリーム」は、ファンデーションのメイクかも知れない、と読んでも拙速ではあるまい。深読みになるまい。
が、ケーキ作りで、土台のスポンジに生クリームを平らに塗っていたのかも知れない。
メイクもケーキづくりもしたことがない還暦過ぎの男性に羞恥を抑えかねるが、メイクでもケーキづくりでも、「スポンジにクリーム」は、慎重に、なめらかに、圧力はかけないで、均一に滑らせないといけない。
知らんけど。
知らんけど、息をひそめる時間だろう
息をひそめる時間
慎重に、なめらかに、圧力はかけないで、均一に滑らせる。
「スポンジにクリーム」において。
集中力が要るだろうね。
静寂も訪れようか。
読み返す。
スポンジにクリームをならすようにして秒針は1のあたりをつうか
しかし、
この歌のなかで動いていたのは、時計の秒針である。
秒針と手の主客逆転
クリームを塗るのは人間の筈だ。
が、この歌のなかでほんとうに動きらしい動きをしていたのは、時計の秒針だけだ。
チクタク。
チクタク。
こうなるともう秒針が主体となってクリームをならしているみたいじゃないですか、ということですよ。
あたかもパレットナイフやスポンジのように、秒針は、時空を平らにならしているようだ。
世界がしんと静まり返る
時は美しくもなめらかに「1」の数字をなぜた
なぜ「1」なのか/なぜ5秒のあたりか
でもなぜ「12」でも「6」でもなく「1」のあたりか。
これが、この歌の魅力を跳ね上げている。
それは
始まりである
0秒からスタートして最初の5秒。
何かが始まったばかり。まだ誰にも穢されていない純潔な時間。
無意識から
意識へ
時計をふと見ただけかも知れない。
時計を見るなど必ずしも能動的な行為ではない。
そこは5秒「1」の世界。
されど贅沢な静けさに満ちた世界。
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件名:ミーツ編集部「レッツ短歌!」
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