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平易なれども繊細な
ありがとう ここからの道はわかります。でも、と言われても帰れますから(くりはらさとみ)
京歌壇26.02.08
東直子・選より
ただの道案内ではなかろう。何かを寓話的に表現した。
人生の迷いのようなもの。あとは自分の力で生きていかなければ。
たとえばそんなこんな。
作者の人生の姿勢がうかがえる。
でも、それだけではないようで。まだ何かがありそうで。
どこか胸をざわつかせるような深み。なぜ。
なぜ?
「人生の迷いのようなもの」とやらの、その「迷い」に、もっと生々しく、もっと切ないものが隠されている気配を感じたのである、筆者は。
ということについて以下
「でも、」に隠されているもの
早速読み返す。
ありがとう ここからの道はわかります。でも、と言われても帰れますから
お相手の引き止め、そして、<わたし>の拒絶には優しさがある。されど、危うさもある。
相手の言葉「でも、」が、この一首全体の心情を増幅している。
「ありがとう、ここからの道はわかります」
(もう大丈夫です)
相手「でも……、もっと一緒に」
(まだきみが心配)
「でも、と言われても……」
(一人で生きてゆけます)
相手は、関係を、これで終わりにしたくなかった。だから「でも、」と。
それを、<わたし>は、痛いほど察していたのではないか。
あえてピシャリと。しかし、心をこめて「ありがとう」と。
確かにそれは拒絶であっても。
「帰れますから」に隠されているもの
「帰れる」と。
裏を返せば、帰る場所があるわけだ。
しかし、そこが必ずしも幸福な場所と限らない人生があるのである。
その孤独な日常へ戻る。
相手と過ごした特別な時間は終わったのである。
人生のいたずらがあった。特別な時間だった。が、それは、悪い夢だった。
というような。
平易な「帰れます」に、痛々しいまでの寂寥感を、作者・くりはらさんは滲ませたのである。
恋愛における決定的な瞬間

何も恋愛の歌と断定してはない。いないが、恋人同士のシチュエーションとしてドラマチックな背景をつい想定してしまうのである。
二人の関係を終わらせることを決意した夜道だった。
「もう送らなくていいのよ」と。されど、心配に変換された未練を消せない相手は、「でも……」と口ごもる。
大丈夫。これまでありがとう。
そう告げている、と読んでみるのは?
大人として相手に責任を持った、と読んでみるのは?
たとえば今からなら引き返せる……。
というような。
この歌に、感情的な語彙は一つも斡旋されていない。泣き叫んでもいない。
「道はわかります」
「帰れますから」
なんと理性的な。
この歌が持つ緊迫感は、この静かな決意か。
隠されている魅力の正体はここか。
ほんとうは送ってほしい
もう一点。
もう一点おつき合い願いたい。
ほんとうは送ってほしい。これからの人生をほんとうは伴にしたい。
と読むことだって可能ではないか。
改めて読み返す。
ありがとう ここからの道はわかります。でも、と言われても帰れますから
「道はわかります」と言い切ることで、自分自身に「一人で生きていける」と言い聞かせているのかも知れない。引き止めてほしい気持ちを必死に抑え込んでいるのかも知れない。
が、だとしても、いずれであったとしても、
<わたし>がこの歌の奥で震えている姿は、やはり、目に映らないだろうか。


