
目 次
七人の敵
許せない敵を夜中に数えいて七人あたりであいまいになる(小谷博泰)
KADOKAWA『短歌』
2015年7月号
「夜と昼と」より
「男は敷居を跨ぐと七人の敵あり」の「七人」か。
「許せない敵」をカウントするとたまたま「七人あたり」になった、ということなのか。
江戸時代に始まった言葉らしいが、現代では、男も女も関係ない。
結句の「あいまいになる」がたのしい。
たのしい?
たのしい
たのしい、と思って、この一首を読んだのである、わたしは。
なぜ?
憎悪
これがそもそも敵と呼ぶべきかどうか、そのあたりはいったん措いておく。
頭に浮かべると腹立たしいこと抑えかねるやつがいるものなのである。
煮えるほどの瞋恚をなだめたこと少なくないことが思い出されて、復讐心を満足させないことには気が済まないやつ。
ああ暗黒面に堕ちそうだ。
フォースと共にあらんことを。

数える
数えてみる。八つ裂きにしてもなお飽き足らぬやつを。
いるわ、いるわ、けっこういる。
が、七人には達しない。
あれっ?
え?
あれっ?
おや、たしかに「七人あたりであいまいになる」ぞ。
ならば重畳、と言えないか。

許せない
読み返してみる。
許せない敵を夜中に数えいて七人あたりであいまいになる(小谷博泰)
初句の「許せない」がいかに秀逸であるかに気付く。
はっきりと敵、と認定したやつには、そう、「許せない」との心情があったな。
この身の細胞という細胞を破壊しかねない感情は、平明に言えば、「許せない」だった。
この「許せない」の初句があって、2句目以降を一気に読むと、なんだか慰められないか。
わたしはひどく慰められたのであるが。

その夜中
読み返してみる。
(これで最後だ)
許せない敵を夜中に数えいて七人あたりであいまいになる(小谷博泰)
こんなことをしてしまう夜はある。おかげで眠りを妨げられる夜が。
されど問題はない。
この人もそうらしい。自分だけが暗黒面に吸い寄せられているわけではないようだ。
そして
七人あたりであいまいになる
敵。
世間。
インディ・ジョーンズを追いかける岩石のようでいて、実は、そこまでの大きさではない。
フォースと共に
あらんことを
