
稲妻とLINE
稲妻を写していると「恐竜が生まれそうです」LINEが届く(石川幸雄)
ながらみ書房『短歌往来』
2026年4月号
「小説の中のわたしは」より
作者が稲妻を撮っていると、やはり稲妻を見ている人から「恐竜が」のLINEが。
作者は写真に収めようとしていた。しかし、相手は、撮るよりもまず「恐竜」の言葉をLINEで送ってきた。
一読すると、ま、そんな経過か。
作者は何も、恐竜誕生の瞬間を画像に、なんて思ってもいなかったろう。
それと、お相手の“稲妻に恐竜”、これなんかも、さして新しい発想とは言えまい。
でも、お二人の関係性に、羨むべき紐帯を、筆者は思ったのであるが。
なぜそうとも思えるのかについて以下
関係性の豊かさ/紐帯
作者の石川幸雄さんは、スマホのカメラ(あるいは本格的なカメラなのかも知れないが)を、空に向けて、圧倒的なエネルギーである稲妻を捉えようとしていた。
手元の画面にポップアップメッセージが。
日常の超克
稲妻だよ、稲妻。緊迫した瞬間なんじゃないのか。
ここで、「恐竜が生まれそうです」とは。
どこかユーモラスで、でも壮大なSF的妄想だ。
感性の共振
「恐竜」というモチーフ。古典的だ。
が、お相手には、今、この稲妻を見て、突飛な言動を受け止めてくれるか否かの検証があった筈だ。
二人の間だけで通じる幸福なチューニングが行われた。
こんな二人はぜったいにいい。
「写している」と「生まれる」
〇 作者の「写す」は、受動的であり記録的である。
〇 お相手の「(恐竜が)生まれる」は、能動的であり、創造的である。
視点の反転
作者としては、元々は、ただの自然現象を写していたつもりだった。
心情としてはその程度のニュアンスではなかったのかも知れないが、傍目には、まあその程度で、ところが、相手のLINEによって、なんと自分は神話的な誕生の瞬間に立ち会っているらしい、となったわけだ。
記録者から目撃者への変貌だ
テクノロジーと恐竜で時空が歪む
〇 作者が手にしているアイテムはデジタル感満載だ。
〇 が、お相手の想起したものは、太古の恐竜のなんともアナログなもの。
ここには、かなりのギャップが目に見えてこないか。
巨大な時間が割り込んできた。
と、考えてみるのはどうか。
読み返す。
稲妻を写していると「恐竜が生まれそうです」LINEが届く

スマホという手のひらサイズのメカニズムを介して、体感が、宇宙開闢のスケールになった。
こう言っては大きなお世話を承知で、稲妻を一人で写す時間を、孤独で不穏なものと見る人もいようが、
稲妻に一人カメラを向ける作者/そこに通知音と「恐竜が生まれそうです」
この瞬間、孤独な世界は、一瞬にして親密で温かい世界へと塗り替えられたのだ。
稲妻は、光と恐竜を生んで、二人の距離を無効化したのである。これを羨まないで何を羨める。
