
これは時事詠や社会詠の短歌か
水面下では小型株ずたずたに大方はもう二割の下落(本多稜)
ながらみ書房『短歌往来』
2026年5月号
「二〇二六年三月の相場環境」より
日経平均株価が高いだの何だの言っても、見える人には見えているものがあるらしい。
筆者は、約20年前まで、ある程度の規模の企業の会計部門にいた。四半世紀の会計実務の経験がある。
この一首の底流にある批評性と詩情を感知したのは、この世界の経験の有無の差か。
そうじゃないと思う。
時事詠や社会詠にげんなりすることがある。
説明や正論に終始しているのをおもしろがれ、と言われても、と。
しかし、この歌には、時事詠や社会詠に収まらない表現上の仕掛けがある。
ということについて以下
「水面下」という空間の構築
ニュースは報じる。
日経平均最高値なる煌輝な水面を。
が、その下には、幽冥な深海が隠されている。
という対比を、初句5音「水面下」は、一瞬にして、筆者の視界を二層に分離した。
視界が二層に分離されると……
「ずたずたに」という感情の質量
この一首に、人間は、一人も登場していない。
が、客観的でしかない経済用語のなかに、突如として、「ずたずたに」という生々しいオノマトペが放り込まれた。
人間たちが蠢いていた。悲鳴があった。
単なる数字の動きではないのだ。
ここには、投資家や経営者がいる。社員がいる。社員の家族がいる。
証券市場の残酷な意思に体感が宿って
「大方はもう二割の」の具体性
「大方はもう二割」と。
明確なような、概算のような、しかし、当事者としての確かな手触りがここにないか。
「下落している」なんて修辞を読まされてはげんなりであるが。

読者の眼前の現実
この一首は、日本の株式市場で、周期的に、あるいは構造的に発生する事実である。
指数の二極化
日経平均株価やTOPIXは、海外勢の買いや一部の超大型半導体株・値がさ株(株価水準が高い)だけで吊り上げられている局面がある。
東京エレクトロン(半導体で有名ですね)やファーストリテイリング(ユニクロですね)。
まあ華やかなこと。
一方で、個人投資家が好むグロース市場(旧マザーズ)や東証スタンダード(旧東証二部等)の小型株には資金が回らないのだ。
換金売りに押されて、年初来安値をまた更新する。
二割の下落
相場用語で、「高値から2割の下落」は、「弱気相場(=ベアマーケット)入り」を意味する。
が、この一首は、上の如き解説の歌ではなく……
証券市場の短歌という叙情
この歌の本質は、市場という巨大なバケモノに対する、人一人の(ここでは、作者である本田稜さんの)孤独な眼差しなのである。
「ずたずた」から目をそらせないで、あたかも立ち尽くしておいでの哀愁なのである。
読み返す。
水面下では小型株ずたずたに大方はもう二割の下落
現代短歌の新しい抒情の形

ああ
ほんとうは
ずたずたがある
ずたずたが
社会詠の罠を越えて
つまらない社会詠はつまらない言論よりつまらない。
指導者はバカばっかりとか。
日本列島は愚行の被膜で覆われていて、そこに立つ指導者をバカ呼ばわりすれば、それで社会詠が一つ完成だ。
たしかに愚行としか言いようのない指導者のありようを見せられることがある。議論をしても不毛にしかならない本質的な危機がこの国に蔓延してもいようか。
でも、つまらないものはつまらない。
鑑賞に耐える孤高感、ディストピア的な哀愁。
歌人の本多稜さんは、今も静かに崩壊していく足元を、「水面下」と表現して海底を見つめていた。
