
目 次
心の動きに戸惑うこと
たわむれに触れたる白き犬の毛の硬さに一瞬手が止まりたり(柊明日香)
ながらみ書房『短歌往来』
2025年11月号
「秋の気配の」より
このように思いがけない自分の心の動きに戸惑う一瞬を詠んだ歌は、これまでも、いくらか読んだことがある。
そのような歌として読んでみると、この一首は出色の一首である、との感が筆者にあるのであるが……。
要するに予想外だった。
作者の柊明日香さんは、動物がお好きらしく、この連作に猫の一首もある。
これである。
冷蔵庫を開けるとすぐに駆け付ける十五歳(じゅうご)の猫にかしずき暮らす(同)
動物好きなお人にして予想できなかった毛の硬さ……
犬は絶対的な他者だった
柊明日香さんは、犬を愛でるにおいて、一体感がある筈だった。
ああ一体感が得られなかったわけではないな。それよりも、物理的な「硬さ」という質感が、予断を超えていたようなのである。
この類の短歌を筆者(わたくし式守)が好きであることは先の通りであるが、殊にこの一首を偏愛してしまうのは、予想外の生々しさに<わたし>=柊明日香さんの手が止まったことである。
一体感は得られたのだ。得られたのであるが、しかし、絶対的な他者であることも突き付けられたのではないか。
絶対的な他者
犬はかわいい。これは変わらない。
犬が好き。それはこれからも。
しかし、予期せぬ毛の硬さで、自分の認識の限界が破られた。
限界を超えて、犬は、ただかわいいだけでなく計り知れない深淵があることを知った。
すなわち、
絶対的な他者
そこに時間の凝縮が
読み返す。
たわむれに触れたる白き犬の毛の硬さに一瞬手が止まりたり(柊明日香)
ノーベル文学賞(1927年)を受賞した哲学者アンリ・ベルクソンの「持続時間」の思想を借りれば、人間の時間が(この一首においてはかわいい動物との時間)、強制的に凝縮されたのだ。
一人の人間が想定していた「たわむれ」の時間は、予想を超えた「毛の硬さ」の抵抗に遭って、たった今という瞬間に、あたかも縛り付けられてしまった。
短歌の得意分野

人間の知性というものが停止する時間を、と言っても、それが逆に深い知的体験をもたらすことに、短歌とは、ノーベル文学賞並みに引き出してくれるジャンルなようで……。

