良寛

記事表示件数:4件

望郷の良寛/山形爛藤の杖/武藤正治「異形の良寛」を基に NEW!

目安: 約5分

1 故郷に戻る人と戻らない人がいるらしく、乱読の中で知ったことだが、与謝蕪村は帰らなかった。が、松尾芭蕉は帰った。何度も帰ったとか。資質の違いか。そうかなあ。 良寛は、故郷に戻った。良寛にとって、故郷(出雲崎周辺)は、か 望郷の良寛/山形爛藤の杖/武藤正治「異形の良寛」を基に

良寛の出家は家出だったのか/武藤雅治「異形の良寛」を基に NEW!

目安: 約3分

良寛の出家は家出だったのか/武藤雅治「異形の良寛」を基に

1 良寛は、名主の子だった。あれは出家と言うより家出である、との説は、説得力がある。当時の家父長制の重圧を思えば、である。 『異形の良寛 渇きと訪れ』(花伝社)に、著者である武藤雅治さんは、「少年前期から少年後期にかけて 良寛の出家は家出だったのか/武藤雅治「異形の良寛」を基に

良寛の遁走/無力哀訴の歌が/武藤正治「異形の良寛」を基に NEW!

目安: 約4分

1 良寛は、名主の子であった。 良寛の生きた江戸時代の名主(庄屋)は、村の政治や税金の管理をおこなった農民の最高責任者である。村の指導者として高い教養や経済力があった。東日本では「名主」、西日本では「庄屋」。なお、東北・ 良寛の遁走/無力哀訴の歌が/武藤正治「異形の良寛」を基に

手毬の良寛の真実/その歌は/武藤正治「異形の良寛」を基に

目安: 約3分

1 良寛と言えば、子どもたちと手毬をついている姿を思い浮かべる。いかにも記号的であるが、これは、良寛の代名詞である。 だが、良寛を知れば知るほど、彼は、聖人君子などではなく、いや、そうと讃えていい一面もなくはないが、どこ 手毬の良寛の真実/その歌は/武藤正治「異形の良寛」を基に