シールをはがせた日
あまりにもみごとにシールをはがせた日 ああ 掃除機の掃除までした(くりはらさとみ)
「Meets Regional」2026年6月号
「岡野大嗣と詠むレッツ短歌!」
第61回テーマ「シール」
一読後、まずこんなことを思った。
(“読み”として)
するりとシールが剝がれて、その痕跡がないと、いくつになっても気持ちがいいものだ。運に恵まれたような気にもなる。それで人生が変わるわけでもないのに。
掃除機の掃除までしてしまう気にだってなろう。ふだんはしない。でも、今はこれをしてもいい。
幸運への感謝か。
これが自動皿洗いの清掃ではおもしろくない。
母がころんだ
目の前で母がころんだ 午後だった 洗濯ものを取りこむ手つきで(くりはらさとみ)
「Meets Regional」2026年5月号
「岡野大嗣と詠むレッツ短歌!」
第60回テーマ「午後」
一読後、まずこんなことを思った。
(“読み”として)
家事をよくするお母さまなのだろう。その姿は、作中主体の<わたし>の目に、心に、幼い頃から当たり前の姿として母への感謝や愛情を伴って焼き付けられたものなのだろう。
が、お母さまも、もうご高齢なのか。そのフォルム、そのフォームは、たった今、転倒に変換された。「手つき」の質が決定的に変えられた瞬間だった。午後に……。
幸運は全能感へ
読み返す。
あまりにもみごとにシールをはがせた日 ああ 掃除機の掃除までした
幸運への感謝として、家の中をきれいにする家電(掃除機)に向かった。
ここに、「生活のコントロール感(という全能感)」という視点を加えられないか。
小さな成功の「無敵感」
シールがあまりにもみごとに剥がせた。平凡な日常において、小さくも、しかし完璧な勝利だ。
その快感は心に火をつけた。
今なら何でもできる。ふだんは後回しにする面倒なことも今ならやり遂げられる。
それはもう万能感へと。
掃除機の掃除は自己完結
部屋の掃除を選んだのではないことに着目したい。掃除機の掃除を選んだ。
掃除機は、それ自体がゴミを溜め込んで汚れていく。矛盾を抱えているのだ。
が、その本来の目的からもう一歩踏み込んで、掃除機そのものをケアした。
シールを剥がした延長線上には、やや過剰で、されど過剰ゆえの愛おしい執着が現れた。
「母」との時間の断絶
読み返す。
目の前で母がころんだ 午後だった 洗濯ものを取りこむ手つきで
いつもの見慣れた母の家事のフォームが、転倒へと変換された。
この決定的な瞬間を、この歌は、調べを淡々としたことで、母とのこれまでの日常を断絶させた。
ここには、時間がいかに残酷のものか、という補助線が引ける。
母の姿の二重性
「洗濯ものを取りこむ手つきで」と。
お母さまの衣服に触れる柔らかく日常的な動きの描写は、直前の「ころんだ」という衝撃的な事実と激しく衝突した。
母の身体はコントロールを失っている。なのに、手だけはまだ洗濯ものを取り込もうとする日常の慣性が残されている。
この対比は、<わたし>の脳裏にスローモーションのように焼き付いた。
その内的様相を、この歌は、痛々しく読む者に伝えるのである。
午後という客観性の恐怖
夜の闇の中ではなかった。体調の悪い早朝ではなかった。
光の射す「午後」の出来事だった。
平凡な日常の指数が高いひとコマに、老いや衰えという異物が、予告もなく、しかしこれも必然として滑り込んできたのである。
恐怖。
一拍置かれた「午後だった」という修辞には、<わたし>の心が乱れる一歩手前の客観視が滲む。
家庭の中の日常
上二首、家庭の中の日常という舞台において深く通底しているものがある。
日常という薄い皮一枚のすぐ裏側に、コントロールの可否というテーマが繋がっていた。
| 歌 | コントロールの状態 | 日常のグラデーション |
| シール | 思いがけず完璧にコントロールできた喜び | 日常の「微小な幸福」への拡大 |
| 母の転倒 | 突然コントロールを失ってしまった悲痛 | 日常の「決定的な崩壊」への予兆 |
「手」がもたらす明暗
いずれの歌も、手(手先)の感覚が重要な役割を果たしている。
指先でシールを巧みにコントロールできたご自分のこと。
いつもの手つきで身体のコントロールを失ってしまった母のこと。
「手」は、人間が日常を生きるための最小単位である。「手つき」を通して、この世界の幸運は不可避の運命と対比された。
この人生の祈りと限界

二首を並べる。
あまりにもみごとにシールをはがせた日 ああ 掃除機の掃除までした
目の前で母がころんだ 午後だった 洗濯ものを取りこむ手つきで
掃除機の掃除も、洗濯物の取り込みも、生活を維持するためには終わりのない営み(家事)なのである。
「シール」では、その家事を自ら拡張して楽しんだ。
しかし、
「洗濯もの」では、その家事の最中に、人生レベルの中断を余儀なくされている。
わたしたちが生きているささやかな日常は、みごとにシールが剥がれるくす玉のような瞬間もあれば、一瞬で転んでしまう危うさも孕んでいるわけだ。
くりはらさとみさんの手による二首は、人生の成功と危険の表裏一体のマクロ的真実を、家庭というミクロな視点で凝縮して、筆者の歌へのモチベーションを高めた。
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(が、誌面で再確認なさることをお勧めします。)
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件名:ミーツ編集部「レッツ短歌!」
短歌にペンネームを添えて。
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