
目 次
脅やかされて

黒砂にものうき歩みかへすとき脅(おび)やかされて生きのびゆかむ(大野誠夫)
短歌新聞社
大野誠夫『羈鳥歌』
「胡桃の枝の下」より
そういうことを詠んだ歌ではないが、「歩みかへす」のであれば、この人生の先を、無思慮に決定していないわけだ。
しかし、脅かされてはいる、と。
「ものうき歩み」なればそれもあろうか。
黒砂とは何?
また、いつからこのように?
わからない。
わからないが……
葉はすべて棘と化しつつ世を遁るるこころざしいつか固からむとす(同)
「象形文字」
(遁世記)より
この人生を、大野誠夫は、それがいつからかはわからないが、棘(おどろ)の路との認識を得たようだ。
そして
本来は未来ある筈の春に、方向を、定めることができない。
春の日は昃(かげ)らむとして古びたる海図(かいづ)のうへもくらくなりつつ(同)
「花筏」
(街灯)より
春の日は昃らむとして
読み返す。
春の日は昃(かげ)らむとして古びたる海図(かいづ)のうへもくらくなりつつ
されば、この人生に、次のような見通しも持つ。
やうやくに世に忘られて生きながら埋葬されし人ともおもふ(同)
「山鴫」
(雷鳴)より
大野誠夫の春は、いや、それは春と決まった話ではないが、ご自分の人生は、生命は、このようなものとの、ありていに言えば自己規定がおありだったわけだ。
商人の雑踏の中を

鼈(すつぽん)を手掴みにして移し居る男をひとときすさまじく思ふ(同)
「花筏」
(驟雨)より
青果類糶(せ)りあげてゐる人のこゑ寒くひびきて朝の時ゆく(同)
「同」
(同)より
ここに労働者が映し出された。
ご自分の点景を、大野誠夫は、ここに置いた。この遠近感によって、一首内の労働者は、一首内の登場人物以上の数を想起させる。
労働者が、政治や社会機構に自覚がない、とは言わないが、大きなものに抵抗する手段はない人たちとして詠まれている。
ほれ、
このように
貧しきに耐へてはたらくひとのうへおのづからなる光差しこよ(同)
「薔薇祭」より
商人の雑踏の中を駆けめぐり商況を書き書きて生き継ぐ(同)
「花筏」
(驟雨)より
歌を詠むにおいてはああも率直な主観を、記事ともなれば、ここでは排して、事実を、ただただ事実を「書き書き」ておられたのであろう。
職業上の、その動機は、大野誠夫ご自身に、寸毫の功利もなかったに違いない。
もの言はぬひと日の終り

正方に切りたる石を敷きつめし舗道にて夜の思ひぞ乱れ(同)
「行春館雑唱」
(園)より
もの言はぬひと日の終りきらめける疲労をまとひ樹々凍りゆく(同)
「山鴫」
(雷鳴)より
暮らしの中で、感覚が、日増しに鋭くなって、ことに夜を迎えると、自律することが困難になっているようすが痛ましく詠まれている。
読者とすれば、むしろそうあってくれての歌でもあろうが、ご本人を思えば、その危うさは、ただただ痛ましい。
ことに聴覚に敏であることの、次の一首を、続けて引く。
夜の木の幹濡れ光る路くれば雫の音は土のうへに満つ(同)
「胡桃の枝の下」より
美しい一首である。
この美しい「土のうへ」を、<わたし>が、一歩も出ていないことに、わたしは、思いを馳せる。
せっかくの美しく「夜の木の幹濡れ光る路」で、<わたし>が、「雫の音」に圧迫されるがままではないか、と。
生きゆくなべて錯誤のごとし

そして、こんな一首を、大野誠夫は詠んだ。
たそがれのながき森かげに余花白く生きゆくなべて錯誤のごとし(同)
「行春館雑唱」
(呪文)より
錯誤
平易に言えば、人生所詮は間違いだらけだと?
違う、違う
そういうことじゃない
この人生への問題設定が、それは大野誠夫自身においてであるが、そもそも誤っていないか、と。錯誤があるのでは、と。そういうことではないのか。
遁れし生きとわれはおもはず

もの言はぬ花鳥をゑがき生終へし遁れし生きとわれはおもはず(同)
「同」
(同)より
蝶の絵をゑがきつづけて陋巷に老いつつ白くなりゆく眉ぞ(同)
「同」
(同)より
人生は無常であると刹那的に生きておいでではなかった。
結果的にそのような生き方はあったかも知れないが、それは、大野誠夫の本意ではなかった。
蝶追ひて見知らぬ森の路ゆきぬ子の背を隠す夏草の花(同)
「象形文字」
(遁世記)より
蝶ある陋巷も、そこに子があれば、夏草の花に隠れれば隠れるほどに、子への愛情が溢れる。
そして、次の一首。
めざめたる夜の暗がりにひそやかに父を呼びをり幼きものは(同)
「同」
(青麦)より
「ひそやかに」に秘められた、いや、何も秘めてなどいなかろうが、自己を装わない、ありのままをさらけ出している「幼きもの」の無邪気さを、大野誠夫は、歌に詠むのである。
生涯の希望

生涯の希望はわれにありやなしや子のためのものうき生とも思へ(同)
「胡桃の枝の下」より
このようなことは、誰でも、一度は考えてみるものだ。
そして、都度、慙愧の情なきを得ないのであるが。
わたしには子はないが、それでも、病ある妻のための生か、と思うことはあって、そんな時は、ひどく自己嫌悪に陥るものだ。
このような歌は、一度読んで、それだけで終りにできないところがわたしにある
それでかどうか、この一首を、わたしは、大野誠夫短歌において、ことに愛している。
なぜ?
このようなものうさを、人は、むしろ失ってはいけない、などと考えてみるのはどうか。
黒砂にものうき歩みかへすとき脅やかされて生きのびゆかむ
これは、この稿の、最初に引いた一首である。
その人生に、人は、容易に同化できるものではないのである。
だがそれでよくないか。
浮ついた人生を送っていない。しかし、ものうき歩みである。
この交響こそを、人生の美しさとしては、強弁に過ぎるだろうか。
いつよりかわが胸に棲む秘めごとのただしづかなれ花照る谷間(大野誠夫)
「行春館雑唱」
(園)より
ほれ、
美しい
この世の、大野誠夫の内にのみ存在している、花照る谷間の親愛と緊張に、目が離せなくなる美しさがありませんか。
この一首は、わたくし式守に、大野誠夫の最高傑作である
春は深まる

たまさかに家ごもるとき茶を持ちて妻が階段を上りくる音(同)
「薔薇祭」より
大野誠夫は、家を、顧みない夫ではなかった。また、「おい、茶だ」なんて妻に威張って、茶を持って来させる男でもなかった。
「妻が階段を上りくる」生活音は、たとえそれがものうき生であっても、いや、ものうき生にこそかけがえのない音ではないのか。
仕事をするに、妻も仕事も、大野誠夫に、縫い合わされた一筋なのである。
夜の木の幹濡れ光る路くれば雫の音は土のうへに満つ
先に引いた一首である。
光彩としては美しくても、「雫の音」は、その人生を呪っているかに、わたしには聴こえてしまう。
が、一方で、「妻が階段を上りくる音」は、その人生を支え得る音ではないか。
妻にすら知れぬ心をひそやかに葬りてより春は深まる(大野誠夫)
「行春館雑唱」
(呪文)より
<わたし>があたかも人生の問題設定を変えたフシが、この一首は、見て取れる。
先に引いた一首をここに並べてみたい。
春の日は昃(かげ)らむとして古びたる海図(かいづ)のうへもくらくなりつつ
同じ春の明滅に、この二首は、非常な違いがある
はかなかる悦楽

転機は人生を説く。
その先を導く。
病院を出で来しわれは忘られし存在として花陰歩く(同)
「象形文字」
(青麦)より
大野誠夫に、この療養は、そのような転機だったのか。
そうと思っても拙速ではあるまい。「病院」に「忘られし存在」を諒とした、との歌意をとっても拙速であるまい。
死の影をわれは思はずはかなかる悦楽のごと青麦そよぐ(同)
「同」
(同)より
生還したのだ。
生還
月のあることを忘れて歩みをり草黒く水の落ちる音して(同)
「同」
(秋)より
この冴えかえった時空に戦慄する。もはや自分が月ではないか。
大野誠夫に、夜は、その様相が変わった。
満月を待つ

柔らかき卵を抱く蜥蜴ゐてこの草原も満月を待つ(同)
「同」
(遁世記)より
大野誠夫は画家を志しておられたが、満月を表現する上で、そこにない満月を表現した。
この「草原」の時間の先は、満月に続いて、新しい生命がある。そして、ご自分の生命をいよいよ愛しむに至る。
わが持てるものいのちのみ冬木らはあらはになりて夕日浴びゐる(同)
「同」
(恢復期)より
大野誠夫の、人生も、短歌も、これにて重畳。
とはいかない。
いかないが、しかし、ここで、いったん舞台の幕をおろそう。
わたしは、文芸に、たとえば吉川英治の求道的なものと谷崎潤一郎の耽美的なものは両立しない、との思い込みががあった。
そんなことはなかった。
わが国の短歌史には大野誠夫がいる。