野上洋子『花の村』読み返すほどいつまでもここにいたくなる

読む目安: 約4分

第1部:魅力的な「おののき」と「連帯」

野上洋子『花の村』読み返すほどいつまでもここにいたくなる

秋をさがす遠足に十歳出発す秋はいやおうなく来るものを(野上洋子)

本阿弥書店『花の村』
(いいからいいから)より

子の時間に、秋は遠くある。しかし、作者・野上洋子さんのご年齢ではすぐそこだ。そもそも、遠足なんてイベントがもうない。
野上さんは、これを、目を細めて眺めておいでではあろうが……。

それだけじゃないだろう、ということを以下……

「いやおうなく」に隠されているもの

「いやおうなく来るものを」にもっと踏み込んでみる。
単なる微笑ましさだけではない緊迫感も読み取れないか。

「いやおうなく」と詠まれた。
人間の都合や子たちの無垢な時間の流れが無視されて、この世界は、強制的に季節を進めてしまう。

「十歳」の子たちに、おののきのような心情も含まれているのではないか。

「十歳」

幼児とは詠まなかった、そこに、筆者はこだわる。
「十歳」と詠まれた。
自我が芽生えて、そろそろ大人の入り口に立った頃か。

作者の野上洋子さんは、「十歳」の子たちに、「秋」だけではなく、大人の時間に巻き込まれてしまうのはすぐそこ、との思いもおありだったのではないか。
「来るものを」の「ものを」とは、そのような思いを手当した措辞なのではないか。

「十歳」の子たちに、未来の大人に対する連帯感を持った。が、その連帯感は、切なさが込められている。
と、筆者は読んだ。

第2部:夕餉に小走りする心のグラデーション

野上洋子『花の村』読み返すほどいつまでもここにいたくなる

『花の村』には、こんな歌もある。

まがひなき幸せ感に疲れつつ夕餉思へば小走りになる(野上洋子)

本阿弥書店『花の村』
(フルコース)より

野上さんにもイベントはあるのである。ちゃんと幸福感を得られるだけの。
が、日常は、その身を、すぐに現実に戻してしまうのである。

ここでは「小走り」が生まれて……

「まがひなき幸せ感」に隠されているもの

「疲れつつ」の正体

幸せなのに「疲れ」が。
「まがひなき幸せ」はまことに「まがひなき」であったのだろう。が、過剰な記号的イベントは、ありていに言えば、浮世の義理の変換に過ぎないこともある。存外、精神的な疲弊をもたらすことがあるのである。

「小走り」とは

夕餉(日常ですね)を思って小走りになった。
これ、イベントから解放されて、いつもの定位置に戻れる安心感なのではないか、実は。
わが身に戻れることなのではないか、実のところは。
たしかに「まがひなき幸せ」ではあったが。

「まがひなき幸せ」なのに、それを、全力で享受することはままならず、結局は、日常の家事に追われる。
野上さんのかんばせに苦笑のようなものが目に見えるようである。
と、筆者は読んだ。

エピローグ:生き甲斐

野上洋子『花の村』読み返すほどいつまでもここにいたくなる

そして、これ、これ。
この一首。

高齢者八割に生き甲斐があるとテレビに聞きて慌ててしまふ(野上洋子)

本阿弥書店『花の村』
(ホーシンツクツク)より

笑った。
還暦をちょっと過ぎたばかりの筆者(わたくし式守)は、一読して、声を出して笑ってしまった。
そりゃ「慌ててしまふ」わな。

しかし、しばし笑って、そして、粛然となった。

なぜそのような読後感が、ということを以下……

なぜ「慌ててしまふ」

同町圧力?

同調圧力が発生したのかも知れない。
「八割」も持っていたのである、「生き甲斐」とやらを。
世俗にまみれてそんなものを持ち合わせていないことにギクリとなる。
なぜギクリ。
取り残されている。

まさかノルマ?

「生き甲斐」なんてものは、本来、自由な筈のものである。それを、テレビによって、「八割」なんて高い指標を知らされると、

に変換されるのだ。

そうではないか。

 声を出して笑ったこと

筆者(わたくし式守)は、しかし、一読後は、たしかに笑ったのである。
共感したからだ。なぜ共感した。
自分も「慌ててしま」った。
それと……、
大きなお世話だなあ、と。

そうじゃありませんか、生き甲斐のない残りの2割にとって。

還暦をちょっと過ぎた筆者に、この一首は、あまりにタイムリーな投げかけだった。

老いの現実味

「八割」なる数字のリアリティは、自分の残り時間というものを、真剣に考えさせる。
自分にとっての生き甲斐って何よ。
そもそもそんなものがどこにあるのよ。

元気で活動的な高齢者の方が、社会が求める高齢者像なのだろう。
わかる。
単純に、ないよりあった方がいい。
が、無言のプレッシャーじゃないの、これって。

要は、息苦しさを覚える。
ということを、野上洋子さんは、見事にユーモアで包んだのである。

野上洋子

うろたえてしまうことを正直に詠む野上洋子さんであった。
野上洋子さんとはこのようなお人なのである。

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