短歌における若さ/60年代と現代/持田鋼一郎さんの短歌より

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崩れ行く土壁に浅き日は降りて菜種の花は黄にほころびぬ(持田鋼一郎)

『短歌往来』2026年5月号、持田鋼一郎さんの連載「浪々残夢録」に、氏の高校3年生の時の作品が載せられていた。校内詩に載せたもの、とのこと。

高度経済成長期前の若者と現代の若者の異同について思うところがあった。

持田氏は今年84歳。逆算すれば1960年あたりの歌になるか。
現代の高校生が、ここにある心情を、この文体で詠むことはない。

現代は、SNSの文体が歴と存在していて、その文体で切なさを表現する。
フォーマットなのである。
当時は、このような文体で内面の繊細さを表現することがフォーマットだったのだろう。

ここで深く踏み込むつもりはないが、当時の校内詩は、旧制高校の校内誌の伝統を継ぐ文体がまだ文化として(現代がSNSの文体が文化なように)生きていたのだろう。

しかし、青春期初期の過剰な自意識をそのまま打ち出していないことでは、現代の青春の表現と同じ印象を持った。
現代のSNSも、過剰な自意識は、直截に言語化しない。
それ以前に、表現らしい表現をしようしない表現も一家をなすのが現代である。

この歌は、連作としてまとめた中の一首である。
連作のタイトルは「古代微笑」だった。

「古代微笑」と言えば、ギリシャ彫刻や飛鳥時代の仏像を思えばいいか。
感情を排した神秘的な微笑み。誰しも幾度となく目にしたことがあろうか。

高校生が連作のタイトルにこれを選んだ。当時の若者たちの教養主義がいかなるものだったかうかがえる。

読み返す。

崩れ行く土壁に浅き日は降りて菜種の花は黄にほころびぬ

青春期の過剰な自意識。崩れゆくものへの感傷。
直截にそれを詠まないで「古代微笑」なる冷徹な視点で包もうとしたのか。

春の初めの光を「浅き日」と。
現代にあっては、季節描写としてだけで読めない。
なぜ。

1960年代、日本はまだ、土壁の蔵や民家が普通に残っていた。
高度経済成長の過程で、それらは、次々と壊されたのである。
という史料的性質もある。

それを踏まえると、人生経験の「浅さ」や夕暮れ間近の「はかなさ」を重ねている(のであろう)崩れゆく土壁(滅び)を照らす光は、これ以上ないほど弱々しく切ない色彩だ。

なお、『短歌往来』2026年5月号、持田鋼一郎さんの連載「浪々残夢録」のテーマは、無常だった。

「ほころびぬ」と。
筆者は、就中、この結句に、涙を抑えかねた。
この「言い切り」は、作歌技術によらない高校生らしい誠実さがある。

されば、「未完成(浅き、ほころぶ)」が故の美しさは、時代を貫いて、半世紀後の若者にも、若さは遠く去った年代にも、純粋な感動を届けられるらしい。