短歌の前に/原罪とイエスをめぐる天才二人パウロとニーチェ

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短歌において、最近、筆者は、新約聖書を下敷きにしたものに傾斜するところがある。
難病に遭って、余命が突き付けられてみると、こうもなるらしい。
が、正式なキリスト教徒ではない。ないが、少しは(少しであるが)積極的に勉強してもいて、今回は、そのあたりを。

端的に原罪とは何。よく聞くけど。
人間が生まれながらに持っている、神から離れようとする自己中心的な性質のことで、心の歪みであるらしい。
旧約聖書の『創世記』に最初の人類であるアダムとエバの物語がある。由来はここに。
ああ、あの話ね、とちょっとなる。
神から「食べてはいけないよ」と言われていたのに、善悪の知識の木の実を、蛇にそそのかされて食べてしまったのだ。神のアドバイスを無視して、自分が神のようになって自分で善悪を決めたい、と。
傲慢さと裏切りの現れだった。

キリスト教では、人類は、この最初の一歩によって心の遺伝子が狂ってしまったんだそうな。
借金を子が背負うようなものか。
ではなくて、人間という種の全員に、最初から備わっている思考の癖のようなものか。言われてみれば、自分こそよく見せようとすることがある、人間とは。
悪にそれが顕著であるが、要は、どうしても自己中心的な方向に流れてしまう傾向は確かにあって、原罪とはそのようなものと考えればよさそうだ。

でも、なぜ「原罪」という教えが必要になる。
自分は正しい、完璧だ、と思っていると、人は、他人に冷酷になる。自分には原罪がある、と認めることで謙虚になれる。
しかし、自力で原罪は正せない。
かくして、イエス・キリストが十字架にかかり、人間の罪を代わりに背負ってリセットしてくれた、という物語へつなげられる。

なるほどなあ。

が、一方で、ニーチェの言ったことを、筆者は、おもしろく読んでもいるのである。バスカルが原罪を信じて、ああこうおっしゃっているのであるが、ニーチェは一言「そんなもの信じなければいいのに」と。
笑った。

イエス自身は、「原罪」という神学用語を一度も使っていない。が、人間の内面についてはこう語った。

(マタイによる福音書 15章18-19節)

イエスにとって原罪とは、議論すべき難しい理屈ではないのである。人間の心の中にある、誰もが否定できない現実の病だった。
また、イエスは、人々を断罪するようなことはしなかった。そんなことのために遣わされたわけではないのだろう。原罪に縛られて苦しむ人々を、十字架をもってシステムごと救出しようとした。
と、解釈されているらしい(らしい、でその筋の人には申し訳ないが)。

そもそもであるが、イエスは、神の見えない光はどこにあるのか悩んでなどいなかった。光があるかないか、そんな自問自答は、イエスにはないのである。辛く悲しい人たち(当時の人たちだけでなく現代の人たちも)に、イエスに見えているものを与え続けた。イエスはそれを、ただただ実践していたのである。

なお、イエスは原罪にパス。
キリスト教の教理では、イエスは聖霊によって宿った(処女降誕)ため、アダムから受け継がれる「原罪」の遺伝子を持たずに生まれた、とされている。どうしても自己中心的な方向に流れてしまう内面の歪みはなかった。なかった以上はそこに苦しむこともなかった。

ま、ニーチェは、処女から子どもは生まれません、とおっしゃっています。
わらわらわら~。

イエスが苦しんだのは、周囲の罪だった。イエスは完全に清い心を持っていた。人間のエゴ、裏切り、冷酷、つまり原罪を、人一倍敏感に感じ取っては、深く傷ついて涙を流していたのである。
イエスには、神の光(愛)は、とっくに見えていたのである。神の存在の議論などはなからなかったのである。
なぜこうなさる、と神に訴えることはあった。が、神の存否に疑いなど持ちようもなかった。

人々を愛し、寄り添うこと自体が本能の人生だったのだ。
しかし、その愛を実践するプロセスにおいて、イエスもまた肉体を持った人間である以上は、激しい苦痛と孤独を強いられたようだ。
病人を癒せば、その度に「自分から力が衰えていくのを感じた」という記述もある。命を削って人々を慰めていたわけだ。

十字架にかかる前夜のこと、最大の苦しみの場面=ゲッセマネの祈りでは、イエスは恐怖のあまり「血のような汗」を流して苦悩した。これは、全人類の原罪を自分が一手に引き受けて、愛する神(父)から見捨てられる精神的恐怖のためだった。

ニーチェは、「そんな罪など最初からないと思えばいい」と言ったが、イエスは、「病気にかかっているからこそ命がけで治そう」とした。イエスという人物の圧倒的な魅力は、この徹底的な寄り添いにある。
だからニーチェは、イエスには、敬愛の念を失わなかった。

この「原罪」、パウロは、どんな文脈で語っているか。
パウロは、聖書の中で、「原罪」という仕組みをロジカルに説明して、キリスト教の公式ルール(教義)として確立させてしまった。イエスが現場で治療した「罪の病」を、パウロは、医学論文としてまとめたようなものである。

(ローマの信徒への手紙 5章19節)

パウロにはどうしてもそれを語る必要があった。
当時、パウロが手紙を送った相手(ローマの教会など)には、元ユダヤ人と、そうではない外国人(ギリシャ人など)が混ざっていた。
ユダヤ人には「旧約聖書の律法(ルール)」があった。が、外国人にはない。
極東の日本人には、この律法の遵法性はとうてい理解可能の範囲外である。割礼について議論に議論を重ねる必要性を理解できる日は来ないだろう。
そこでパウロは、「律法を持っているかどうかにかかわらず、全人類はアダムの子孫として、生まれつき同じ罪の病(原罪)にかかっている。だから、全人類にイエス・キリストの救いが必要なのであるとした。全員を同じスタートラインに立たせたのである。

かしこい人がいたものだ。

結果、キリスト教は、世界規模の宗教になりおおせた。

(ローマの信徒への手紙 7章15、24節)

パウロは誰よりも真面目に絶望していたのである。
ニーチェの「だから信じなければいいのに」と笑っているような、あるいは、気の毒がっているようなかんばせが目に見えるようである。

聖書にこんな場面がある。
人ごみの中で、「誰かがわたしの(イエスの)袖に触れた」と言って、辛く悲しい女性を探す場面がある。この探すところが、まずあり得ないやさしさ(光(=愛))がある。
ニーチェはキリスト教という「システム」は激しく罵倒しても、このように行動していた個としてのイエスのことは評価するのである。敬愛を込めて。

人ごみの中で袖に触れられ、わざわざ立ち止まって、悲しく苦しい女性を探し出すイエス。
ニーチェはまさに、イエスのこうした「教義や理屈を飛び越えて、目の前の生身の人間と1対1で、今ここで向き合う」生き方には圧倒されていたのだ。「神はいるか」「原罪とは何か」といった「頭の中の議論(ドグマ)」などイエスにはどうでもよかったのだ。
ニーチェにとって価値を置くのは、正しい教理を信じることではなく、ひたすら愛として生きる、その実践だけだった。

パウロパウロだが、ニーチェもまたなんとおつむのいい人なのだろう。

パウロのキリスト教組織の功績は計り知れないものがある。
が、パウロのやったことは、ニーチェにとってみれば、所詮「反転」だったことになってしまうのである。
イエスが、「袖に触れた女性」を愛しただけのことを、パウロは、このイエスを「全人類の原罪を背負って死んだ生け贄(システム)」にしたのだと。
「イエスのように今ここを生きよう」という実践の宗教だったのを、パウロによって、「原罪を信じ、イエスの十字架による救済を信じなければ地獄に落ちる」という頭の中だけの宗教に塗り替えられてしまったのだ、と。

筆者は、難病に遭って、ちょくちょくパウロニーチェを議論させている。
イエス・キリストの愛を知るに伴って、聖書には、なるほど失望がなかった。が、パウロニーチェの二人の天才をこうもおもしろく読めるとは想定外だった。

難病の進行がますます重症化する過程で、お二人をもっともっと議論させて、凡人の筆者は、それぞれのいいところどりをするつもりでいる。